「だまされない<議論力>」 吉岡友治 氏
とても面白い。議論とは「ある取り決めの下で為される知的ゲームである」との観点から、世に蔓延る数々の不毛な議論を一刀両断に解体してみせてくれる。
互いの論理をぶつけ合い磨きをかける知的共同作業が「問題解決のための議論」であるという、しばしば見過ごされがちな、その本来の目的を正面に見据えている点において、真に胸のすく思いである。論理に走りすぎているきらいが無くもないが、たとえ少々の「諄さ」が目に付いたとしても、その目的を考えれば至極当然である。蓋し良書。
「マーク・ピーターセンの英語のツボ」 マーク・ピーターセン 氏
ふとした英語の表現を通じて、彼の地の文化や考え方に触れることができるお得な内容。見開きで一つの話題を扱っているので、隙間時間を利用しての「つまみ読み」にもってこいの一冊である。実は、この一週間で読み進むことができたのは最初の数ページのみなのですが。まぁ、楽しみながら読んでいます。
2008年5月29日木曜日
2008年5月27日火曜日
5月23日付の「編集手帳」(読売新聞)について
��月23日付の「編集手帳」は、博物学者の南方熊楠の中学生の頃のエピソードから始まる。
南方は胃の内容物を自由に口内に戻すことができたらしい。それでついたあだ名が「反芻」。常人とは少し違う特技にオヤッと思い、興味を引きつけられたのだが、その後、どこに話しを持っていくのかと続きを読むと、記事の中程で、熊本市の病院での有毒ガス事故の話題に転じた。
農薬を飲んで自殺をはかり、病院に運び込まれた男性の嘔吐物から、刺激臭を伴う有毒ガスが発生し、医師や看護師など多くの人員がそれに巻き込まれた、あの事故である。その特異性から大きな話題となり、TVのニュース番組でも繰り返し報道された。
「編集手帳」の最後で、「反芻」のもう一つの意味、すなわち「繰り返して味わい、よく考える」ことが引き合いに出され、「備えはどうあるべきか−−救急施設の運営に携わ る人には、今回の事例も「反芻」の対象だろう」と結んでいる。
私の正直な感想は、「これを書いた記者は、よほど忙しかったのだろう」と言うことである。
第一、論理の展開に無理がある。前半は汚いがほほえましい(?)エピソードを扱っているのに対し、後半の内容は、それとは対極にある事故についての記事で ある。強いて言えば「嘔吐」という生理現象を記述する単語が両者を結びつけるキーワードなのであるが、だからといって、その論理の展開に必然性をもたらす ものではない。第二に、結びの文は至極当たり前の事を言っていて、いささか陳腐である。
編集手帳は読売新聞の看板コラムである。担当したのは社でも指折りの文筆家と思われる。したがって私は、これを書いた記者は、たまたま、よほど忙しく、その内容について吟味する余裕が無かったのだろう、と、多少の同情を覚えたのである。
南方は胃の内容物を自由に口内に戻すことができたらしい。それでついたあだ名が「反芻」。常人とは少し違う特技にオヤッと思い、興味を引きつけられたのだが、その後、どこに話しを持っていくのかと続きを読むと、記事の中程で、熊本市の病院での有毒ガス事故の話題に転じた。
農薬を飲んで自殺をはかり、病院に運び込まれた男性の嘔吐物から、刺激臭を伴う有毒ガスが発生し、医師や看護師など多くの人員がそれに巻き込まれた、あの事故である。その特異性から大きな話題となり、TVのニュース番組でも繰り返し報道された。
「編集手帳」の最後で、「反芻」のもう一つの意味、すなわち「繰り返して味わい、よく考える」ことが引き合いに出され、「備えはどうあるべきか−−救急施設の運営に携わ る人には、今回の事例も「反芻」の対象だろう」と結んでいる。
私の正直な感想は、「これを書いた記者は、よほど忙しかったのだろう」と言うことである。
第一、論理の展開に無理がある。前半は汚いがほほえましい(?)エピソードを扱っているのに対し、後半の内容は、それとは対極にある事故についての記事で ある。強いて言えば「嘔吐」という生理現象を記述する単語が両者を結びつけるキーワードなのであるが、だからといって、その論理の展開に必然性をもたらす ものではない。第二に、結びの文は至極当たり前の事を言っていて、いささか陳腐である。
編集手帳は読売新聞の看板コラムである。担当したのは社でも指折りの文筆家と思われる。したがって私は、これを書いた記者は、たまたま、よほど忙しく、その内容について吟味する余裕が無かったのだろう、と、多少の同情を覚えたのである。
2008年5月15日木曜日
博多へ
ナノ学会に出席するため、仙台発の飛行機を伊丹で乗り継ぎ博多まで飛ぶ。
ガウシアンにも組み込まれたONIOM法で有名な諸熊博士の基調講演は、DFTB法による炭素系の分子動力学シミュレーション(MD)についてであった。
基本的に強結合近似(TB法)に基づくので、いわゆる第一原理的な電子構造計算に比べ、その計算コストが格段に軽いことが強調された。炭素系における共役な結合も記述可能な柔軟さを併せ持つことなどから、より大規模な、電子構造を考慮したMD計算に適したアルゴリズムであることが指摘された。
後半はDFTBをナノチューブやC60に適用した例が示された。それらの成長過程をDFTBでシミュレートした結果がスナップショットで提示されたが、その計算自体、かなりの労力と忍耐を必要とされるものと見受 けられた。この規模と品質の計算結果を得るためには、事前の綿密な計算計画が必要とされる。しかし一方で、たとえ最新のスーパーコンピュータの能力をフルに利用できる 環境にあったとしても、同等な結論を得るまでには、かなり長時間にわたってCPUのリソースを占有する必要があったことであろう。氏は70代前半と思われるが、そのお歳を感じさせない、非常にエネルギッ シュな講演であった。
なにはともあれ無事に発表を終える。その後、市内の見物をはじめ、太宰府へのお参りも果たすことができた。
帰りの飛行機での出来事である。席につくと隣は20代の男性である。その身なりは、スニーカー、チノパンツ、黒の大きなバック、銀縁めがね・・・と、なにかしら「なかま」の如き匂いをプンプンさせていた。
「学会関係者か?」。
離陸後は窓の外を眺め、何するとも無しにぼーっととして過ごしていた。しばらくしてベルト着用のサインが消える。なにやらごそごそと隣が騒がしくなってきた。足下にあるご自分のバッグからノートPCを取り出すようだ。「はは~ん、研究のデータ整理をするのだろうな・・・」。スイッチを入れたようだ。
キャビンアテンダントが注文を聞いてきた。眠気覚ましにコーヒーを注文する。ポットから注がれたコーヒーを受け取り、ミルクと砂糖を御願いする・・・隣席にあるノートPCのディスプレイの様子がチラリと目に入る。
このとき心底驚いたのである。
そこには大きなお目々をしたセーラー服のお嬢さんの、かわいらしいアニメが上演されていたのだ。氏は顎に片手を添え、とても真剣にフムフムと頷きつつ鑑賞している。ヲタクさんだったようだ・・・
しかし考えてみれば、私自身、 ベクトルは多少異なるが同じようなヲタクであることには違いない。
最近の報道(Nature)によると、ネアンデルタールと人類の直系の祖先は同じ時代を共存して過ごしていたらしい。ネアンデルタール人は、その意味で、人類の祖先から分岐した種というよりも、むしろ我々の遺伝子の一部を成す直系の先祖の一つと見なすべきであろう。
ヲタク文化について、その蘊蓄を傾けることはできないのであるが、もしかしたら隣席の氏は一般的な人類と平和的に共存している現代のネアンデルタール人とも言えるかもしれない。私自身、立派なネアンデルタール人的ヲタク種族の一人である。ヲタク=プロフェッショナルと肯定的にとらえるとするならば、多くのヲタク種族にとって、ヲタクと見なされることはむしろ栄誉となるのであろう。
ヲタクと一般的人類、お互いに平和的に共存したいものですネ ;-)
基本的に強結合近似(TB法)に基づくので、いわゆる第一原理的な電子構造計算に比べ、その計算コストが格段に軽いことが強調された。炭素系における共役な結合も記述可能な柔軟さを併せ持つことなどから、より大規模な、電子構造を考慮したMD計算に適したアルゴリズムであることが指摘された。
後半はDFTBをナノチューブやC60に適用した例が示された。それらの成長過程をDFTBでシミュレートした結果がスナップショットで提示されたが、その計算自体、かなりの労力と忍耐を必要とされるものと見受 けられた。この規模と品質の計算結果を得るためには、事前の綿密な計算計画が必要とされる。しかし一方で、たとえ最新のスーパーコンピュータの能力をフルに利用できる 環境にあったとしても、同等な結論を得るまでには、かなり長時間にわたってCPUのリソースを占有する必要があったことであろう。氏は70代前半と思われるが、そのお歳を感じさせない、非常にエネルギッ シュな講演であった。
なにはともあれ無事に発表を終える。その後、市内の見物をはじめ、太宰府へのお参りも果たすことができた。
「学会関係者か?」。
離陸後は窓の外を眺め、何するとも無しにぼーっととして過ごしていた。しばらくしてベルト着用のサインが消える。なにやらごそごそと隣が騒がしくなってきた。足下にあるご自分のバッグからノートPCを取り出すようだ。「はは~ん、研究のデータ整理をするのだろうな・・・」。スイッチを入れたようだ。
キャビンアテンダントが注文を聞いてきた。眠気覚ましにコーヒーを注文する。ポットから注がれたコーヒーを受け取り、ミルクと砂糖を御願いする・・・隣席にあるノートPCのディスプレイの様子がチラリと目に入る。
このとき心底驚いたのである。
そこには大きなお目々をしたセーラー服のお嬢さんの、かわいらしいアニメが上演されていたのだ。氏は顎に片手を添え、とても真剣にフムフムと頷きつつ鑑賞している。ヲタクさんだったようだ・・・
* * *
しかし考えてみれば、私自身、 ベクトルは多少異なるが同じようなヲタクであることには違いない。
最近の報道(Nature)によると、ネアンデルタールと人類の直系の祖先は同じ時代を共存して過ごしていたらしい。ネアンデルタール人は、その意味で、人類の祖先から分岐した種というよりも、むしろ我々の遺伝子の一部を成す直系の先祖の一つと見なすべきであろう。
ヲタク文化について、その蘊蓄を傾けることはできないのであるが、もしかしたら隣席の氏は一般的な人類と平和的に共存している現代のネアンデルタール人とも言えるかもしれない。私自身、立派なネアンデルタール人的ヲタク種族の一人である。ヲタク=プロフェッショナルと肯定的にとらえるとするならば、多くのヲタク種族にとって、ヲタクと見なされることはむしろ栄誉となるのであろう。
ヲタクと一般的人類、お互いに平和的に共存したいものですネ ;-)
2008年4月27日日曜日
オレンジピールのフレーバーティー
オレンジピールのフレーバーティーに、たっぷりの暖めたミルクとシュガーを加え、アマゾンで購入したSAHARAの携帯ポットに注ぐ。おにぎりとクッキーは持った。読みかけの本を鞄にねじ込み、さぁ出発だ。
ここは滝沢の馬っこパーク。ポニーや馬とのふれあいを楽しむことができる。
あいにくと本日は曇りがちの天気だ。風も強い。強風にあおられながらも、なんとか防水シートを敷いて、その上に座りこむ。バックパックから取り出したポットから、暖かい紅茶をコップに注ぐ。ゆっくりと味わいながら胃に流し込む。おにぎりを口に運ぶ。タネは南高梅。酸っぱさと塩加減が程よい。
のどかな風景に時を忘れ、眠気を誘われる。
ときおり強い風に花びらが舞い散る。あまりにも早く過ぎゆく桜の季節を思うと少々寂しいが、初夏の訪れを告げる儀式と見れば、その気持ちも和らぐ。
あいにくと本日は曇りがちの天気だ。風も強い。強風にあおられながらも、なんとか防水シートを敷いて、その上に座りこむ。バックパックから取り出したポットから、暖かい紅茶をコップに注ぐ。ゆっくりと味わいながら胃に流し込む。おにぎりを口に運ぶ。タネは南高梅。酸っぱさと塩加減が程よい。
のどかな風景に時を忘れ、眠気を誘われる。
ときおり強い風に花びらが舞い散る。あまりにも早く過ぎゆく桜の季節を思うと少々寂しいが、初夏の訪れを告げる儀式と見れば、その気持ちも和らぐ。
2008年4月20日日曜日
世界を救うために裁判所に訴える
スイスのジュネーブ郊外にある欧州原子核研究センター(CERN)では、今夏、巨大粒子加速器LHC( Large Hadron Collider)を用いた陽子の衝突実験がはじまる。
LHCは14年の歳月と80億ドルの巨費を投じて建設されたCERNが誇る超大型の衝突型加速器である。LHCの中では陽子と陽子がとてつもなく大きなエネルギー(TeV、テラ・エレクトロンボルト)で衝突する。それによって、宇宙の始まりの大爆発(BigBang)直後の状況を擬似的に作り出し、未だ神秘のベールに包まれている物質や質量の起源、対称性の起源に光を当てることを狙っている。BigBangなどと書くと誤解を招きそうだが、宇宙開闢のそれとは全くスケールが異なり、あくまで擬似的な実験である。
この実験で超弦理論の予測が初めて実証される可能性が取りざたされている。その意味で弦理論支持者からの期待を一身に背負った世紀の大実験であるとも言える。超弦理論とLHCについては2007年9月のWiredVisionの記事を参照してほしい。
このLHCの実験に対し2人の民間人が異議を唱えた。彼らの動機は誠に純粋である。そう、世界を救うために・・・。
The New York TimesのDennis Overbye氏の記事によると、発端はWalter L. Wagner氏とLuis Sancho氏が、実験に伴って小さなブラックホールができる可能性をCERNが過小評価しているのではないのか、との疑いを抱いたことにあるようだ。
記事には、サイエンスと地球消滅、そして裁判・・・などの刺激的なキーワードがちりばめられている。以下、Overbye氏の記事を元に事の次第を見てみよう。いつものように私情、感想、想像を交えており、元記事の内容を正確に伝えることを意図してはいないことを予めお断りしておく。
彼らの主張は、"LHCはブラックホールを造り出す可能性があり、それは地球ばかりか、この世の全てを飲み込んでしまうかもしれない"ということである。彼らは実験の中止を求める訴えをハワイの裁判所に提起した。危機にある地球を救うために。
今後ハワイの裁判所がCERNに証言を要請をしたとしても、CERNとして公式に法廷に出向く可能性は低い。もともとCERNはヨーロッパにある国際的研究施設である。つまり米国の司法権が及ぶ施設ではないので、わざわざCERNの代表が米国の裁判所で弁論を行う義務は無いのだ。
どうやらWagner氏とSancho氏は、裁判所の実験停止命令によって、超伝導磁石などの米国製の実験資材のCERNへの納品差し止めを実現し、事実上の実験中止に追い込むことを目論んでいるようだ。少なくてもLHCが確実に安全であるとの確認がなされるまでは。
もちろんCERNでもLHCの安全性について詳細に調査をしている。これまでに少なくても2度、報告書が提出され、つい最近も安全性についてのオープンな会議が開催された。しかし今のところ、当然というべきかWagner氏の懸念を支持するような報告はなされていない。
Wagner氏とSancho氏の訴えは、巨大化する科学技術についての、ある根源的な問題を我々に突きつけている。すなわち、未だかつて人類がなし得たことのない全く新しい種類の超大規模な実験のリスクをどう評価するのか、その上で、誰がその実験遂行の可否を判断するのか、である。
実はWagner氏、この種の裁判はこれが初めてではない。1999年と2000年にもNYのBrookhavenにある加速器(Relativistic Heavy Ion Collider)の実験中止を求めて同様な裁判を起こしている。訴えは2001年に却下された。Brookhavenの加速器は2000年来、事故もなく運転を続けている。
Wagner氏はハワイに在住で、カリフォルニア大学バークレーで物理学を修めている。専門は宇宙線の研究であった。その後サクラメントの北カリフォルニア大学(現在)にうつり、そこで法学の博士号を取得している。修了後は軍関係の施設で放射線保安管理官として働いていたようだ。Sancho氏は、Wagner氏によると、スペインのバルセロナに在住する時間理論の研究者であるとのことである。
参考
LHCは14年の歳月と80億ドルの巨費を投じて建設されたCERNが誇る超大型の衝突型加速器である。LHCの中では陽子と陽子がとてつもなく大きなエネルギー(TeV、テラ・エレクトロンボルト)で衝突する。それによって、宇宙の始まりの大爆発(BigBang)直後の状況を擬似的に作り出し、未だ神秘のベールに包まれている物質や質量の起源、対称性の起源に光を当てることを狙っている。BigBangなどと書くと誤解を招きそうだが、宇宙開闢のそれとは全くスケールが異なり、あくまで擬似的な実験である。
この実験で超弦理論の予測が初めて実証される可能性が取りざたされている。その意味で弦理論支持者からの期待を一身に背負った世紀の大実験であるとも言える。超弦理論とLHCについては2007年9月のWiredVisionの記事を参照してほしい。
このLHCの実験に対し2人の民間人が異議を唱えた。彼らの動機は誠に純粋である。そう、世界を救うために・・・。
The New York TimesのDennis Overbye氏の記事によると、発端はWalter L. Wagner氏とLuis Sancho氏が、実験に伴って小さなブラックホールができる可能性をCERNが過小評価しているのではないのか、との疑いを抱いたことにあるようだ。
記事には、サイエンスと地球消滅、そして裁判・・・などの刺激的なキーワードがちりばめられている。以下、Overbye氏の記事を元に事の次第を見てみよう。いつものように私情、感想、想像を交えており、元記事の内容を正確に伝えることを意図してはいないことを予めお断りしておく。
彼らの主張は、"LHCはブラックホールを造り出す可能性があり、それは地球ばかりか、この世の全てを飲み込んでしまうかもしれない"ということである。彼らは実験の中止を求める訴えをハワイの裁判所に提起した。危機にある地球を救うために。
今後ハワイの裁判所がCERNに証言を要請をしたとしても、CERNとして公式に法廷に出向く可能性は低い。もともとCERNはヨーロッパにある国際的研究施設である。つまり米国の司法権が及ぶ施設ではないので、わざわざCERNの代表が米国の裁判所で弁論を行う義務は無いのだ。
どうやらWagner氏とSancho氏は、裁判所の実験停止命令によって、超伝導磁石などの米国製の実験資材のCERNへの納品差し止めを実現し、事実上の実験中止に追い込むことを目論んでいるようだ。少なくてもLHCが確実に安全であるとの確認がなされるまでは。
もちろんCERNでもLHCの安全性について詳細に調査をしている。これまでに少なくても2度、報告書が提出され、つい最近も安全性についてのオープンな会議が開催された。しかし今のところ、当然というべきかWagner氏の懸念を支持するような報告はなされていない。
Wagner氏とSancho氏の訴えは、巨大化する科学技術についての、ある根源的な問題を我々に突きつけている。すなわち、未だかつて人類がなし得たことのない全く新しい種類の超大規模な実験のリスクをどう評価するのか、その上で、誰がその実験遂行の可否を判断するのか、である。
実はWagner氏、この種の裁判はこれが初めてではない。1999年と2000年にもNYのBrookhavenにある加速器(Relativistic Heavy Ion Collider)の実験中止を求めて同様な裁判を起こしている。訴えは2001年に却下された。Brookhavenの加速器は2000年来、事故もなく運転を続けている。
Wagner氏はハワイに在住で、カリフォルニア大学バークレーで物理学を修めている。専門は宇宙線の研究であった。その後サクラメントの北カリフォルニア大学(現在)にうつり、そこで法学の博士号を取得している。修了後は軍関係の施設で放射線保安管理官として働いていたようだ。Sancho氏は、Wagner氏によると、スペインのバルセロナに在住する時間理論の研究者であるとのことである。
参考
2008年4月6日日曜日
ガソリン税について・・・麻生氏の見解
�� 麻生氏は「(税率引き下げで)ガソリン消費を奨励するか
�� のごとき結果を招くのは、今から環境のサミット(主要国
�� 首脳会議)をやる日本として具合が悪い」と述べた。
「ガソリン税再可決を=自民・麻生氏」4月5日 時事通信
��Yahooニュース)
「税率引き下げでガソリン消費を奨励するかのごとき」結果を招くことは一時的にであれ確かだろう。しかしCO2の排出削減という観点から見た場合、税率の引き下げが、即CO2の排出増長に繋がるかどうかについては、正直なところ誰もその答えを知らないのではないか。
�� 道路特定財源制度は、受益者負担(利益を受ける者が費用
�� を負担する)の考え方に基づき、道路の利用者、つまり自
�� 動車の所有者やその燃料を使用した人が道路の建設・維持
�� 費用を負担する制度である。
「道路特定財源制度」ウィキペディア
道路の建設にはアスファルトが使われる。原料となる原油の運搬と精製には「エネルギー」が必要とされる。道路の建設のためには他にも多くの資材が必要とされる。例えば、コンクリート、砂利、ガードレール、電柱・・・それらを精製し製造するために大量のエネルギーが消費される。その上、現場に運搬し敷設するためには、さらに膨大なエネルギーが消費されることになる。それらのエネルギーは大量のCO2を排出することで作り出されている。
道路を走る車はCO2を排出する。新たに道路を整備するということは、今後、その上でCO2が排出され続けるということでもある。結局、税率がそのままであっても「新たにCO2を排出できるような道路を造る財源を維持する」ことは、むしろCO2の排出源を際限なく増やすことにもつながる・・・。
もちろん、万人がインフラとしての必要不可欠であると認める道路については、これからも計画的に整備していくべきであろう。私が言いたいのは道路特定財源の必要性云々に関することではない。ただ「道路特定財源と環境サミットをリンク」させること、つまりガソリン税の削減は(トータルとしてみた場合の)CO2の排出量増大に繋がるので時節柄ふさわしくない・・・などという極めて表層的なロジックを公言してはばからない政治家が存在することに驚いたのである。
ところで氏は環境サミットに出席されるおつもりなのだろうか。
�� のごとき結果を招くのは、今から環境のサミット(主要国
�� 首脳会議)をやる日本として具合が悪い」と述べた。
「ガソリン税再可決を=自民・麻生氏」4月5日 時事通信
��Yahooニュース)
「税率引き下げでガソリン消費を奨励するかのごとき」結果を招くことは一時的にであれ確かだろう。しかしCO2の排出削減という観点から見た場合、税率の引き下げが、即CO2の排出増長に繋がるかどうかについては、正直なところ誰もその答えを知らないのではないか。
�� 道路特定財源制度は、受益者負担(利益を受ける者が費用
�� を負担する)の考え方に基づき、道路の利用者、つまり自
�� 動車の所有者やその燃料を使用した人が道路の建設・維持
�� 費用を負担する制度である。
「道路特定財源制度」ウィキペディア
道路の建設にはアスファルトが使われる。原料となる原油の運搬と精製には「エネルギー」が必要とされる。道路の建設のためには他にも多くの資材が必要とされる。例えば、コンクリート、砂利、ガードレール、電柱・・・それらを精製し製造するために大量のエネルギーが消費される。その上、現場に運搬し敷設するためには、さらに膨大なエネルギーが消費されることになる。それらのエネルギーは大量のCO2を排出することで作り出されている。
道路を走る車はCO2を排出する。新たに道路を整備するということは、今後、その上でCO2が排出され続けるということでもある。結局、税率がそのままであっても「新たにCO2を排出できるような道路を造る財源を維持する」ことは、むしろCO2の排出源を際限なく増やすことにもつながる・・・。
もちろん、万人がインフラとしての必要不可欠であると認める道路については、これからも計画的に整備していくべきであろう。私が言いたいのは道路特定財源の必要性云々に関することではない。ただ「道路特定財源と環境サミットをリンク」させること、つまりガソリン税の削減は(トータルとしてみた場合の)CO2の排出量増大に繋がるので時節柄ふさわしくない・・・などという極めて表層的なロジックを公言してはばからない政治家が存在することに驚いたのである。
ところで氏は環境サミットに出席されるおつもりなのだろうか。
2008年4月5日土曜日
春めいて・・・多様性と堅牢性
いよいよ桜の蕾もふくらみ、近頃めっきりと春めいてきた。毎年のことであるが、この時期、北水の池に沢山の蛙の卵が生み付けられる。光が反射している水面によくよく目をこらすと、沢山の半透明なチューブが蜷局をまいているのがわかる。チューブはこれまた沢山の卵を内包している。卵の中に黒い胚がみえる。そのうちのいくつかは小さなしっぽをはやしている。オタマジャクシになる準備をしているのだ。
生命の息吹を感じる春・・・そのような春は大歓迎なのだが、この時期、お呼びでない来訪者の相手もしなくてはいけない。杉花粉と黄砂だ。今年は特にひどい。中国大陸の砂漠化は止めようが無い。今後黄砂は増える一方だろう。スギ花粉の問題も、すぐに解決できるというわけでもなさそうだ。
戦後日本では、国内の木材需要の急増に応えるべく、育てやすく利用価値の高いスギなどが造林されてきた背景がある。スギは日本の自生種である。にもかかわらず、現代病ともいうべき花粉症を引き起こす元凶となろうとは、当時、誰が予想し得たであろうか。特定の種のみを大量に植林してきたことに対する社会的な代償はあまりに大きい。これを思うとき、ある独裁国家の農業政策を思い出す。次々と木を切り倒し国土を畑に変えていく。結果、森のなくなってしまった土地は水を貯えることができなくなり、雨期には深刻な水害が発生する・・・。
生物には多様性が必要である。そのシステムの堅牢性(ロバストネス)を多様性が補償してくれる。社会政策にも多様性が必要だろう。広く言えば、いつでもグローバル主義を信奉すれば良い、というわけでは無い。
一般にローカルなものが多数集まってできたシステムはグローバルなシステムよりもロバストである。たとえ甚大な災害がある箇所で発生したとしても、被害をローカルな部分に押さえ込むことができる。
サブプライムの余波が世界中を席巻している。
金融市場のグローバル化は冨と同時に破滅をもたらす諸刃の剣である。
生命の息吹を感じる春・・・そのような春は大歓迎なのだが、この時期、お呼びでない来訪者の相手もしなくてはいけない。杉花粉と黄砂だ。今年は特にひどい。中国大陸の砂漠化は止めようが無い。今後黄砂は増える一方だろう。スギ花粉の問題も、すぐに解決できるというわけでもなさそうだ。
戦後日本では、国内の木材需要の急増に応えるべく、育てやすく利用価値の高いスギなどが造林されてきた背景がある。スギは日本の自生種である。にもかかわらず、現代病ともいうべき花粉症を引き起こす元凶となろうとは、当時、誰が予想し得たであろうか。特定の種のみを大量に植林してきたことに対する社会的な代償はあまりに大きい。これを思うとき、ある独裁国家の農業政策を思い出す。次々と木を切り倒し国土を畑に変えていく。結果、森のなくなってしまった土地は水を貯えることができなくなり、雨期には深刻な水害が発生する・・・。
生物には多様性が必要である。そのシステムの堅牢性(ロバストネス)を多様性が補償してくれる。社会政策にも多様性が必要だろう。広く言えば、いつでもグローバル主義を信奉すれば良い、というわけでは無い。
一般にローカルなものが多数集まってできたシステムはグローバルなシステムよりもロバストである。たとえ甚大な災害がある箇所で発生したとしても、被害をローカルな部分に押さえ込むことができる。
サブプライムの余波が世界中を席巻している。
金融市場のグローバル化は冨と同時に破滅をもたらす諸刃の剣である。
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