いよいよ桜の蕾もふくらみ、近頃めっきりと春めいてきた。毎年のことであるが、この時期、北水の池に沢山の蛙の卵が生み付けられる。光が反射している水面によくよく目をこらすと、沢山の半透明なチューブが蜷局をまいているのがわかる。チューブはこれまた沢山の卵を内包している。卵の中に黒い胚がみえる。そのうちのいくつかは小さなしっぽをはやしている。オタマジャクシになる準備をしているのだ。
生命の息吹を感じる春・・・そのような春は大歓迎なのだが、この時期、お呼びでない来訪者の相手もしなくてはいけない。杉花粉と黄砂だ。今年は特にひどい。中国大陸の砂漠化は止めようが無い。今後黄砂は増える一方だろう。スギ花粉の問題も、すぐに解決できるというわけでもなさそうだ。
戦後日本では、国内の木材需要の急増に応えるべく、育てやすく利用価値の高いスギなどが造林されてきた背景がある。スギは日本の自生種である。にもかかわらず、現代病ともいうべき花粉症を引き起こす元凶となろうとは、当時、誰が予想し得たであろうか。特定の種のみを大量に植林してきたことに対する社会的な代償はあまりに大きい。これを思うとき、ある独裁国家の農業政策を思い出す。次々と木を切り倒し国土を畑に変えていく。結果、森のなくなってしまった土地は水を貯えることができなくなり、雨期には深刻な水害が発生する・・・。
生物には多様性が必要である。そのシステムの堅牢性(ロバストネス)を多様性が補償してくれる。社会政策にも多様性が必要だろう。広く言えば、いつでもグローバル主義を信奉すれば良い、というわけでは無い。
一般にローカルなものが多数集まってできたシステムはグローバルなシステムよりもロバストである。たとえ甚大な災害がある箇所で発生したとしても、被害をローカルな部分に押さえ込むことができる。
サブプライムの余波が世界中を席巻している。
金融市場のグローバル化は冨と同時に破滅をもたらす諸刃の剣である。
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