2011年5月30日月曜日

田老町

大船渡・宮古・田老の応援Wikiを立ち上げた。

これから少しずつ、みなさんと歩を進めていきたい。
明日は来るのだから。

2011年4月10日日曜日

たろう

 過日、教育の先生と田老町に行ってきた。以下、思いつくまま書きとめる。


目的地までの途中、「道の駅」があって、おにぎりやら、パン、ジュースなどを売っていた。トイレも完備されていて、ほぼ通常の営業状態であった。偶然、そこで同僚の方々にお会いした。津波被害の測量のために田老町に行くとのことであった。

所々、自衛隊が交通整理をしている。暫く行くと、突然、道路脇に打ち上げられた船の残骸が目に飛び込んでくる。そこからが被災地の始まりである。現場は筆舌に尽くしがたい。詳細は省略する。たろう一中の校舎の一部は遺体安置所になっていた。たろう一中の校長先生、がんばってらっしゃる。その様子に、こちらが勇気づけられた。ノートや鉛筆などの文房具、無地のTシャツや下着、運動着類、それらが130人分必要とのこと。

たろう小学校の建物は無事。少し高台にある宮古分庁舎も無事で、そのすぐ下の家から惨状が始まっている。庁舎の玄関には市民が使えるPCが3台おいてあって、ネットワークに接続している模様。そういえば、たろう小学校、たろう中学校の先生の机の上にもノートPCが何台かあった。こちらは内部ネットワークのみで、外部とは接続していない(できていない?)らしい。

若干の支援物資は届いているようすだが、マッチングがうまくいっていない様子。ボランティアの好意と被災者側での必要性のマッチング、これがうまくいかないと、お互い不幸である。単なるボランティア側の好意の押し売りでは意味がないからだ。売れ残りの派手な柄のTシャツや靴、古着などを大量に送りつけられても、それは困るだろうと容易に想像がつく。現地にパソコンを送ろうとの動きもあるが、これにしてもしかり。まぁ、場所をとらないノートタイプで、WindowsXP以上のOSなら、少々の中古でも使ってもらえるかもしれない。

注:その後の支援活動の中,現地の先生方に需要があることを知りました.教材の作成や書類整理のためです.今は,その支援活動を行っています.)
子供の心を癒すためにも、音楽やコンサート、お茶など、文化的な催しが必要、何かとサポートしていただくと助かる、との、たろう一中のS校長先生のお話。がんばれ、たろう一中! 素晴らしい先生たちのもとで、必ずや再生できる。

現地はほこりっぽいのでマスクは必要。長靴は必要ないが、登山靴のようなしっかりとしたものがあれば良い。残骸の上を歩くかもしれないので。長袖、長ズボン、軍手も必要。防潮堤の上をあるくことができる。

製氷棟が湾に面してぽつんと立っている。
その3階の窓の付近まで壁がはぎ取られていた。

 

2011年3月13日日曜日

地震

ものすごい地震が襲った。
とりあえず、現況報告です。

先ほど自宅に水と電気が通った。
2日ぶりだ。

家族は無事。
研究室は水浸しと聞く。

余震が続いている。







2011年2月12日土曜日

深い雪

ここ最近、深い雪のせいで通勤RUNもままならない。

除雪作業後に道路の雪が歩道の脇に堆く積み重ねられ、高さ数十センチの「塀」を形作っている。これが道路と歩道の、それぞれの幅を著しく狭める原因ともなっている。幅が狭くなっているところでは、歩行者同士が対面ですれ違うことすら難しい。

そんなわけで最近は通勤RUNをお休みし、もっぱらウォーキングをしている。行きは6kmくらい、帰りは5kmほどだ。行きと帰りで距離が異なるのは経路が違うため。しかしこれでは運動の絶対量が足りない。そんなわけで、お昼には筋トレとスピードRUNをこなしている。
筋トレと言えば、なにしろベンチプレスである。特に最近のお気に入りの種目でもある。とりあえずシャフト込みで45kg、胸にあたるまでゆっくりとおろし、腕が伸びきるまで持ち上げる。これがきついのなんの。今のところ8~10回が限界です。続けてハイプーリーと腹筋を交互繰り返す。

筋トレを忙しくサーキットでこなし、15〜20分ほどで切り上げて、全天候型400mトラックへと移動する。10周のタイムトライアルに挑戦するのだ。

ここ最近のタイムは18分プラスマイナス5秒である。時速にすると13.3km程度。欲を言えば、もう少しスピードアップを図りたい。


もっとも、筋トレとRUNの後は、ヘロヘロになってしまうんですが。


2011年1月12日水曜日

おでかけ

 1月某日、朝の5時、まだ外は暗い。ひげを剃り、顔を洗って、身支度を調える。手荷物をもっていざ出発。今日は移動日だ。車で駅へと向かう。暫くしてあることに気づく。今日のためにばっちり充電しておいた愛機の AirMac11 インチ、、、はたして荷物に入れたっけ? 記憶がさだかでない、もしかして忘れたのか?
ハンドルを切って急いで自宅に取って返す、いつもおいてあるサイドボードの上には・・・無い、そのときになってやっと、忘れないようにと朝起きてすぐに荷物の中に入れていたことを思い出した。だいぶ時間をロスしてしまった。

今日の盛岡の道路の状態は良くない。先週の大雪のとき除雪した雪が路肩に堆く積まれ、それが車道にはみ出してきて道幅が極端に狭くしている。

片側2車線が片側1車線。片側1車線が全部で1車線。交通が麻痺して当然だ。なんて除雪がヘタッピーなんだ・・・大雪の時は、すぐに除雪した雪をトラックで運んで捨てましょう。生まれ故郷では常識でした。

おまけに道路はつるつる。お昼に温度が上がり、一度溶けた路面の雪が、深夜から朝方にかけて凍り付き、盛岡特有のアイスバーン、というより、その上のミラーバーンと化す。道路脇に除雪した雪が積まれ幅の狭くなっているミラーバーンの車道という過酷な条件の下、なんとか目的地の駅近くの駐車場に到着。改札口へと走る。新幹線に乗り込むことができたのは発車の5分前。ぎりぎりセーフ。扉が閉まる直前に買い求めたヱビスビール。それを片手に、前日の夜遅くに作って持参してきた軽食、ソーセージにブロッコリー、スクランブルエッグ、それにマフィンの超簡単手作りお弁当、を胃に収める。これが朝食です。

そのまま新幹線にゆられて、お昼前には上野に到着した。山手線を乗り継ぎ日暮里で降車。ホテルに荷物を預け、東京駅へと取って返す。

東京駅近辺にあるホテルメトロポリタンのラウンジへと向かう。ここで母の妹さんと待ち合わせをしているのだ。私は3〜4歳の頃に、一時、東京の妹さんのうちに預けられていたことがあって、なにかと母(?)のような母の妹さんに今でも気にかけてもらっている。世間話をしながらランチをいただき、しばらく一緒の時を過ごす。午後2時ころに別れ、今度はキッザニア東京へ。

建物の中は迷路のように入り組んでいる。ピザ屋さん、お医者さん、運送会社さん、警備会社さん、などなど、いろいろな種類の「お仕事」を子供が経験できるコーナーが揃えてあって、それぞれに子供たちが真剣に取り組んでいる。本物っぽい道具を使って任されたお仕事をこなす。そのために仕事の手順もきちんと説明される。大人のように扱われることによる満足感、お仕事が本物のようにシミュレートできるという満足感が子供たちを夢中にさせるのだろう。一方、それでいて、付き添いの大人からも入場料金を取るとは、なかなかどうして商売上手である。子供にとっては楽園だ。しかし私を含めたほんの一握りの大人にとっては、ある意味、修行の地とも言えそうである。なにしろ待ち時間をもてあます親御さんの姿が、あちらにも、こちらにも、そしてここにも・・・。パソコンやったり、本を読んだり、おしゃべりに花を咲かせたり。

すでに夜の9時だ。しかしキッザニアは沢山の子供たちと幼児たちであふれかえっている。ベビーカーもたくさん。10時ころまでやっているのだろうか。とりあえず遊びも終わりララポートちかくの駅まで歩く。

そこから日暮里に移動する。晩ご飯を食べるために適当な居酒屋に入る。モルツのジョッキを片手に、鶏の唐揚げ、焼き鳥盛り合わせ、枝豆、カルパッチョ、アスパラの明太子マヨネーズ和え、などなどでお腹を満たした。

翌日、朝5時.モーニングはセルフサービスだ。朝食の日暮里のホテルを出て、京成スカイライナーで成田に到着。

これからグアムに飛びます。






2010年12月26日日曜日

仕事環境

ここ数日間、AirMacを使うことで、仕事環境に革命的な進展があった。まず第一に軽いので、どこへでも持って行ける。いつもの作業は・・・ ターミナルソフトを起動し、ISSPのスーパーコンピュータにアクセス。JOBを発行して計算を実行。文書はEmacsで入力し、YaTeX上で整形。もちろんリファレンスはbibtexで管理。lookupを使って複数の辞書を引きつつ原稿を書く。より詳しく調べたいときには、電子辞書ソフトのLogophileの出番だ。理化学事典から広辞苑、リーダース、ランダムハウス、大英和、Oxford、などなどを串刺しで検索する。なかでもLONGMANの英英辞典がお気に入り。多くの例文がネイティブの音声付きでなのだ。お値段以上の価値がある。KeyNoteではプレゼン資料を作成する。 

これまで、あの熱くて重いWhite MacBookでやっていたことが、すべてAirMac上で実行可能となる環境を構築できた。唯一、ワードとエクセルで事務書類を処理しなければいけないときに、苦痛を感じてしまうが、これはもう、しかたがない。ふと、あるとき、手帳の代わりになることに気づいた。手帳代わりに使うためには携帯できなくてはいけない。携帯電話は論外。少なくて小さすぎるキーで、どうやってブラインドタッチができようか。私にはまったく不可能です。

 学生さんやビジネスパーソンの皆さんが、携帯電話を軽々とあやつりメールの文章を入力しているらしいその姿は、私にとってはまったく信じられない驚異の世界である。数回のキータッチでもっともらしい変換候補を出してくる優秀なFEPのおかげだろう。しかし私にとってはフル規格のキーが一番だ。これだけ軽いと、まぁ、なんとか携帯できる。A4サイズの大きな手帳と思えなくもない。

手帳を使って管理するのは主に日々の予定である。MacにはあらかじめiCalというカレンダーソフトが入っている。そこで早速、数日間の予定を記入してみた。これがとても便利。もっと早く使っていればと、思うことしきり。1、2ヶ月分を入力したところで、データのバックアップが心配になってきた。しかし今更USB経由でいちいちデータを保存しても居られない。これまでの経験によると、データが喪失されるのは前のデータ喪失の惨劇を忘れた頃である。自動バックアップ用ソフトの「タイムマシーン」のための外付けディスクも用意していない。

毎朝の通勤RUN。バックパックに着替えとAirMacを納める。バックパックの中で絶え間のない振動にさらされるAirMac・・・そのことを考えると、やはりデータのバックアップが必要であろうとの結論に達する。

さて、どうしたものか。

 iCalについてネットで調べてみると、「Googleのカレンダーと同期できる」とある。Googleのカレンダーと同期できれば、少なくてもiCalのデータに関してはバックアップの問題は解決したことになる。よく考えると、ネット上にカレンダーがあるということは、手帳代わりにMacを持ち歩く必要性も薄れてきてしまう。Googleがあれば全て済む。Googleが実現を目指す世界は、結局は、そのようなものなのかもしれない。

そのようなこ難しいことはおいておいて、今のところ、まぁ、Macを持ち歩くということは、その他もろもろの環境を携帯する、というメリットがあるのだと、無理に理由をつけてみる。RSSの購読も始めた。Apple純正のブラウザSafariで、たまたまRSS配信ページをひらくと、これまたびっくり、Macのメーラで照会との項目がサイドバーに出てくる。

 単にこれをチェックするだけでMailのRSS項目に自動でリストされる。とりあえずNewYorkTimes、CNN、APSのPRL、PRBなどを登録しておく。数年前に一度RSS配信の購読をしたことがあるが、特に感激を覚えたと言うこともく、忘れさっていた。大量の最新情報にざっと目を通すためには、なるほど良い仕掛けである。