目的地までの途中、「道の駅」があって、おにぎりやら、パン、ジュースなどを売っていた。トイレも完備されていて、ほぼ通常の営業状態であった。偶然、そこで同僚の方々にお会いした。津波被害の測量のために田老町に行くとのことであった。
所々、自衛隊が交通整理をしている。暫く行くと、突然、道路脇に打ち上げられた船の残骸が目に飛び込んでくる。そこからが被災地の始まりである。現場は筆舌に尽くしがたい。詳細は省略する。たろう一中の校舎の一部は遺体安置所になっていた。たろう一中の校長先生、がんばってらっしゃる。その様子に、こちらが勇気づけられた。ノートや鉛筆などの文房具、無地のTシャツや下着、運動着類、それらが130人分必要とのこと。
たろう小学校の建物は無事。少し高台にある宮古分庁舎も無事で、そのすぐ下の家から惨状が始まっている。庁舎の玄関には市民が使えるPCが3台おいてあって、ネットワークに接続している模様。そういえば、たろう小学校、たろう中学校の先生の机の上にもノートPCが何台かあった。こちらは内部ネットワークのみで、外部とは接続していない(できていない?)らしい。
若干の支援物資は届いているようすだが、マッチングがうまくいっていない様子。ボランティアの好意と被災者側での必要性のマッチング、これがうまくいかないと、お互い不幸である。単なるボランティア側の好意の押し売りでは意味がないからだ。売れ残りの派手な柄のTシャツや靴、古着などを大量に送りつけられても、それは困るだろうと容易に想像がつく。現地にパソコンを送ろうとの動きもあるが、これにしてもしかり。まぁ、場所をとらないノートタイプで、WindowsXP以上のOSなら、少々の中古でも使ってもらえるかもしれない。
注:その後の支援活動の中,現地の先生方に需要があることを知りました.教材の作成や書類整理のためです.今は,その支援活動を行っています.)
注:その後の支援活動の中,現地の先生方に需要があることを知りました.教材の作成や書類整理のためです.今は,その支援活動を行っています.)
子供の心を癒すためにも、音楽やコンサート、お茶など、文化的な催しが必要、何かとサポートしていただくと助かる、との、たろう一中のS校長先生のお話。がんばれ、たろう一中! 素晴らしい先生たちのもとで、必ずや再生できる。
現地はほこりっぽいのでマスクは必要。長靴は必要ないが、登山靴のようなしっかりとしたものがあれば良い。残骸の上を歩くかもしれないので。長袖、長ズボン、軍手も必要。防潮堤の上をあるくことができる。
製氷棟が湾に面してぽつんと立っている。
製氷棟が湾に面してぽつんと立っている。
その3階の窓の付近まで壁がはぎ取られていた。
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